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東日本大震災の日に父を思う。死ぬまで忘れないだろう。 [日常]

新型コロナウイルス
3月11日(木)22時30分現在で
日本国内の累計感染者数:444,173人
前日比:1,319人
死者:8,463人
前日比:45人
※News Digestより

本日の東京都の感染確認者は335名。

今日は東日本大震災から十年。
2011年のあの日を思い出す。
その日は父が一回目の抗がん剤治療で入院した日。
妻と母が付き添いで一緒に病院に居た。
私は東京で仕事だったので仕事が終わったら病院に行く予定だった。
結果新幹線が止まり、私は月末まで実家に行けなくなった。

あのような状況で妻と母が居て、父は何を思っていたのだろう。
私的には抗がん剤を打っていたとしても男手があった事は凄く心強かった。
免疫力が落ちているので、避難所には入らず、車の中で布団と毛布に包って父は寝たとの事。

あの時行けなかったのが心に残っている。
妻と母と父を手助け出来なかった事は死ぬまで頭に残っているだろう。

あの時は妻が良く頑張ってくれた。
年寄り二人で一人は抗がん剤だから。
私は車ですぐに車で行こうと思ったが、妻に止められた。
「食べ物が無い」「ガソリンが無い」「電気・ガス・水道止まってる」
ので
「来たら逆に邪魔になる」
と。

結局私が車で行ったのは3月末だから、三週間弱経ってからだった。
大学時代の友人、妻の友達、妻の実家、皆に助けられた。

でもオヤジが居た事で妻と母も少しは心強かっただろう。
オヤジが妻と母の心を支えてくれたと私は思っている。今でも感謝している。

ちなみに会社の人間は何の頼りにもならなかった。何もしてくれなかった。
3月末の時点で会社に沢山ストックがあった「ガソリン携行缶」をくれと言ったがくれなかった。
山ほどあって、結局余ったにも関わらずだ。
それ以来、私は会社と会社の人間を一切信用していない。

その時のガソリン携行缶は今でも持っている。




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